memory

 

 息が白くなる程ではないが、上着がそろそろ欲しいと思う寒空の下。

(何でオレ……こんなことしてんだ)

 北原冬凪は箒を手にして一人ひたすら落ち葉を集めていた。
 本当に、何でこうなってしまったのか。今思うと全ては彼女のあの一言から始まったのだ。

***


 バシン!

 突然、勢い良く目の前に紙を叩き付けられる。
 教室内で頬杖を付いてぼうっとしていた冬凪は特に驚く事なくそれを一瞥し、叩き付けた本人にうんざりしたような視線だけを向けた。
「ナギ! 今度はこれをやるよっ」

 元気にそう言い放った少女の名前は鷲尾雛。この学園の学園長の孫にして、現在の生徒会長である。
 ついでに、冬凪にとっては幼馴染みの腐れ縁、というか親戚にあたる。
 近しいと言うより近過ぎる仲なのだ。
 そんな彼女の大きな瞳が一等星の如く煌めくとどうなるか、冬凪はこれまでの経験で嫌と言う程判っていた。
 だから大きく溜め息を付いて答える。

「……勘弁してくれよ、親分」

 幼い頃から常に振り回される立場に立たされるハメとなった彼は、いつの間にか雛を『親分』と呼ばされていた。
 昔のドラマを見た影響なのだろうが、未だにその名残りは残り続けている。
 この上下関係は恐らく一生変わる事はないだろう。
 雛が立ち去る様子を見せないので冬凪はしぶしぶ机の上に乗るプリントを見た。

「……やきいも?」

 生徒会内で配られる企画書に書かれた文字は、確かにそう書いてある。

「そう! 秋の必須イベントやきいも大会! いいでしょ? いいよね? いいって言ってよ!」

 半ば強制するように迫ってきた彼女に対し、冬凪は聞き分けのきかない子供を落ち着けるように言った。

「お前なぁ。小学生じゃねーんだから、いい加減こんなイベントするのやめろよな。別にいいだろ、こんなのやんなくて」

 すると再び雛は机を両手で叩き言い放つ。

「ダメ!! 絶対やきいも大会するの! じゃなきゃこの秋冬乗り切れない!」

「お前どれだけのエネルギー蓄えるつもりなんだよ!?」

 ここまで来たらもう雛は誰にも止められない。もちろん彼はその事をよく知っていた。

「そういうわけだから、よろしくねっ♪」

 一方的に勝ちを悟った彼女は長い髪を翻しルンルン気分でその場を去っていく。
 仕方なくプリントで日時を確認しようとした冬凪は、「今日の放課後」という文字を見て、真顔で吹いた。


「……って、3人だけかよ!」

「しょーがないよ。他の子、具合悪いとか用事あるとか言って来れないんだもん」

「いつもと……同じ」

(逃げたんだな……)

 集合場所である裏庭に集まったのは雛、冬凪、そして雛の親友であり書記を務める瑞浪千歳の3人だけだった。
 生徒会の役員は他にもいるはずなのだが、雛が何かをやらかそうとする度に何らかの理由をつけて逃げてしまうので、大抵はこの3人が残るハメになるのである。

「まあ、後でじじさまも来るって言うし、準備しよ!」

 そうやって冬凪に手渡されたのは、一本の箒とビニール袋。嫌な予感がした。

「ナギは、学園中の落ち葉を掻き集めて」

 学園中、という言葉に思わず絶句する。とてつもない量になりそうだ。
 手ぶらの雛と千歳を見て我に返った冬凪は問い返した。

「……親分はどうすんだよ」

「私は、トセちゃんと一緒においもを調達してくるの」

 相変わらず無口の千歳の肩を組んで雛は答えた。

「芋って……畑から掘り出すわけねーだろうし、どうするんだ?」

「お隣のおばちゃんが用意してくれるっていうから、取りに行ってくるね!」

「って、それ二人もいらねーだろ!? どう考えてもこっちの方が大変だろうが!」

 ただ芋を取りに行くのと、学園中の落ち葉を集めるのどちらが大変か判らない雛ではないはずだ。

「大丈夫……」

 雛は何かを諭すように冬凪の両肩に手を置き、生暖かい眼差しを向けた。

「人間、その気になれば何だってできる気がするの」

「いやいやいやいや」

***


 掻き集められた落ち葉の山は既に相当の量となってはいるが、彼の親分が指定した量には程遠かった。
 焼く芋の量にもよるが、これだけあれば十分だろう。冬凪は半ば諦めかけ、溜め息を付く。

(ホントにオレ……何でこんな事してんだ)

 別の場所で集めた落ち葉を詰めたビニール袋を山の上にひっくり返して、再び溜め息。
 溜め息ばかりついている気がする。溜め息をつくと幸福が逃げるというが、その通りなのだろうか。だとしたら、彼に幸福は一生来ない。
 なんと惨めな人生なんだ。

「こらーっ!!」

 声のフェードインと共に、後ろから突然の襲撃を受けた冬凪は落ち葉の山に頭から突っ込んでしまう。

「さぼっちゃダメでしょ!? もっと気合い入れて集めてよね」

「これだけありゃ十分だろ! そうだよな、瑞浪!?」

 落ち葉の山から懸命に這い出しながら千歳に同意を求めると、彼女は黙ったままなんとも言えない表情で溜め息をついた。

(なんなんだその反応は……!)

「ま、いっか。それじゃ始めるよ。ほらナギ、火を起こして」

 彼女が抱えている籠の中には良く太った芋が大量に入っている。それを手に取りながら雛は準備に取りかかった。
 千歳が持ってきた段ボールの中には新聞紙やらアルミホイルやらが入っていたらしく、手際もいい。
 カラリと乾ききった落ち葉は簡単に火が付き、あっという間に燃え上がってくれた。
 雛は鼻歌混じりに手早く濡らした新聞紙で包み、きっちりとアルミホイルを巻く。そして轟々と燃え盛る枯れ葉の山へと放り投げた。火花が散る度に目を輝かせ、はしゃぐ。

(ホント、ガキだよな……)

 少し呆れた表情で、冬凪はそんな彼女を座り込んで見守っていた。
 不意に、彼の隣に立っていた千歳がぽそりと呟く。

「雛……楽しそうな顔……してる」

「あ? ……ああ、いつものことだろ」

 ただ問題なのは、楽しんでいるのはいつも本人だけで、オレは苦労させられてるだけなんだが、と冬凪は思った。

「雛……言ってた。楽しい事……みんなと一緒の時に……たくさんしたいって」

「え?」

「現在しかないから……って」

 冬凪は、この学園生活が限られた時間の中にある事を今さら思い出した。

 現在は、今しかない事を――。

 だから彼女は、自分達が一緒に居られるこの時に、たくさんの思い出をつくりたかったのだろうか。だとしたら、

(無駄なんかじゃ……ないんだよな)

 自分が振り回されている事も、今このやきいも大会をしている事も。ひとつひとつの事はきっと無駄なんかじゃない。
 そしてできるなら、それらを全て楽しい思い出にしたい。
 雛の行動はいつも破天荒だ。突然何をやり出すか判ったものじゃないけれど――。
 再び雛の方を見ると、いつの間にか来ていた学園長と一緒に、楽しそうに笑いながら燃え盛る山を枝でつついていた。本当に楽しそうな顔だ。

(まぁ、仕方ないか)

 そんな光景を見て、冬凪は苦笑した。
 そういう事なら、彼女の我が侭にもう少し付き合ってやってもいいか、と思い直しながら。

***


「……生」

「生じゃなあ」

 まだ火に入れておくべき時間が足りなかったのか、一口齧った芋は、中心の方に熱が届ききっていなかったらしく、半分生の状態だった。
 包み紙が程良く焦げていたので出来たと思いきや、巨大な炎の中にいきなり突っ込んだ結果がこれである。

「もうっ! ナギのせいだよ!」

「オレのせいかよ!」

 彼の苦労人生は一生終わらない。学園生活が終わっても、雛との腐れ縁は一生終わらないからだ。
 冬凪は、本日何度目か判らない深い溜め息をついた。




 fin...  





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