広い広い場所で。何もない場所で思いきり歌えたら。
乗り込んだ白いバスは無言で"そこ"を目指す。 空を見上げると、高く透き通る晴れた蒼が何処までも続いている。 風が、止む事無く吹いていた。 しばらく歩き続け、小高い丘に辿り着く。 風が思い切り私を嬲る。 まるで孤独を煽るように、大きな空気の流れは偉大だった。 自分がとてもちっぽけな存在だって、思った。 此処には誰もいない。私は思いきり大声で歌おうとした。 ――何を? ふと思った。何を歌うのか、と。 そういえば、歌といえば常に"誰か"が創ったものだった。 自分が創り出したものじゃなく、他人のものだった。 自分のものじゃない。 私は、自分の歌を持っていない。 ――何を歌えばいいのか。そもそも、何で歌おうと思ったんだろうか。 誰かが創ったものの中に、本当の自分は見出せないというのに。 そんな事に、今さら気付いた。 私は、私が、本当にしたかった事は――。 気付けば、叫んでいた。 狂ったように、衝動に駆られるままに。 歌がないから、大声で叫んだ。言葉にならない言葉を吐きまくった。 他人の歌を歌ってしまったら、この気持ちは萎えてしまうから。 この気持ちは、自分のものだと。 狂った衝動も。それが宿るこの身体も。その身体が発する、心からの叫びも。 私は此処にいる。 今 此処には、私しかいない。 叫んでしまったら、高ぶった気持ちが治まって、空しくなるかも知れないけれど。 それでも構わなかった。 溜め込んだままのこの気持ちは、いつか吐き出さなきゃいけない。 今がその時だ。 何も考えず。 何にも構わず。 風が目にしみて、涙が出た。次の瞬間、私は泣いていた。 泣きながら、叫んでいた。 『どうして私なんだ』 『どうして私ばかり苦しいんだ』 『何で、甘ったれた人間ばかりが楽しい思いをするんだ』 後から考えれば、なんて自分勝手な言葉なんだろう。 でもそれがきっと、正直な気持ち。 良い子でいたい自分が見ないフリしていた、汚い部分。 それをさらけ出した今、私は"世界の中心"に在る自分を見た。 ――帰ろう。 日常に帰ったら、またきっと同じ事を繰り返すんだろう。 忙しさに追われ、自分自身が判らなくなって、心の在り場所があやふやになるんだろう。 けれど、そんな日常の中に、私の帰るべき場所がある。 いつの間にか地平線から白いバスがやってきた。 運転手は、自分だった。 それに乗り込み、私は、私の日常に、帰っていく――。 fin... BACK |