広い広い場所で。何もない場所で思いきり歌えたら。
 そう思った私は、真白なバスに乗って"そこ"を目指した。



 ――――――
   白いバス
 ――――――



 

乗り込んだ白いバスは無言で"そこ"を目指す。
 運転手がいるかすらあやふやだ。
 そんな事すら認識出来ないのか、どうでもいいのか、私の心は混沌としていた。
 一体いつから? こんなに不安定になったのは。

 自分が一体どんな人間だったか。
 どの私が"本当の私"なのか、自分で自分が判らなっていた。
 ただそこに自分がいる。それだけの事すらあやふやになって、足元が見えなくなっていく。
 ただ目の前の忙しさに追われ、自分が何をしたかったのかが判らなくなる。

 何がしたかったんだろう?
 私が今、している事の意味は何?

 そんな不安に駆られ、ふとしたはずみで発狂したくなる時があった。
 自制心が働かずに、馬鹿みたいな行動を起こしてしまうんじゃないかって。
 大声を出して、何も気にせず歌ってみたかった。

 だから私は"そこ"を目指した。

 誰かが言った。"世界の中心"へ。そこなら、誰もいないから、と。

 そして真白なバスは止まった。



 "そこ"は、ただ、ただ広い場所だった。
 空を見上げると、高く透き通る晴れた蒼が何処までも続いている。
 風が、止む事無く吹いていた。
 しばらく歩き続け、小高い丘に辿り着く。
 風が思い切り私を嬲る。
 まるで孤独を煽るように、大きな空気の流れは偉大だった。
 自分がとてもちっぽけな存在だって、思った。
 此処には誰もいない。私は思いきり大声で歌おうとした。


 ――何を?


 ふと思った。何を歌うのか、と。

 そういえば、歌といえば常に"誰か"が創ったものだった。
 自分が創り出したものじゃなく、他人のものだった。

 自分のものじゃない。
 私は、自分の歌を持っていない。

 ――何を歌えばいいのか。そもそも、何で歌おうと思ったんだろうか。
 誰かが創ったものの中に、本当の自分は見出せないというのに。
 そんな事に、今さら気付いた。


 私は、私が、本当にしたかった事は――。


 気付けば、叫んでいた。

 狂ったように、衝動に駆られるままに。
 歌がないから、大声で叫んだ。言葉にならない言葉を吐きまくった。
 他人の歌を歌ってしまったら、この気持ちは萎えてしまうから。

 この気持ちは、自分のものだと。

 狂った衝動も。それが宿るこの身体も。その身体が発する、心からの叫びも。


 私は此処にいる。

            今 此処には、私しかいない。


 叫んでしまったら、高ぶった気持ちが治まって、空しくなるかも知れないけれど。
 それでも構わなかった。
 溜め込んだままのこの気持ちは、いつか吐き出さなきゃいけない。

 今がその時だ。

 何も考えず。

 何にも構わず。


 風が目にしみて、涙が出た。次の瞬間、私は泣いていた。
 泣きながら、叫んでいた。


『どうして私なんだ』

『どうして私ばかり苦しいんだ』



       

『何で、甘ったれた人間ばかりが楽しい思いをするんだ』




 後から考えれば、なんて自分勝手な言葉なんだろう。
 でもそれがきっと、正直な気持ち。
 良い子でいたい自分が見ないフリしていた、汚い部分。
 それをさらけ出した今、私は"世界の中心"に在る自分を見た。




   ――帰ろう。

 日常に帰ったら、またきっと同じ事を繰り返すんだろう。
 忙しさに追われ、自分自身が判らなくなって、心の在り場所があやふやになるんだろう。
 けれど、そんな日常の中に、私の帰るべき場所がある。
 いつの間にか地平線から白いバスがやってきた。

 運転手は、自分だった。

 それに乗り込み、私は、私の日常に、帰っていく――。




 fin...  





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